◇山崎文榮
池が一面月をうつし月夜の彩となる
長い影を今日が終わる煙突のけむり
雨の日洋菓子作ってくれ孫のやさしさ
丘から街え虹がパントマイムな小人達
ベランダの花から花へ暫く三面鏡はなれず
◇藤田踏青
アルカリ性でゆれてゆくサンローラン
性善説があって私生児が居て
掃き寄せられた哀愁の、その一、そのニ
登録抹消されてしまった我が鬣(タテガミ)
透明な遺書残し空飛ぶカタツムリ
◇阿川花子
妖怪ブームの港町に彼の好きな風の図書館
今日の薬飲み終え幸せとしたいと思う
私にパワーがそんな期待がほんの一日
闇に瞬かず老の日常を整頓している
四時には明けた術後の思い懐かしむ
◇後谷五十鈴
咲いて散華する空のしろい風
凋落する春を遮蔽して黄砂
この焦燥感桜の実青く茂る
移ろう夏に著莪の白い群生
癒えない傷空に銀色の航路
◇山本弘美
悲しむ暇すらないかなしみに立ちすくむ
あまりに貴いものが喪われ慟哭を呑む
掌ほどの温かさ上を向いて歩こう
はにかむ月を花蘇芳が包みこみ
ちょっと下向きガーベラが口実を探す
◇増井保夫
気色ばんで放射能見に行こうと言った男の眼
般若か小面か真顔が好き
木洩れ日に住む男いつ仙人になるのか
仔猫両手に掬い取るしあわせ
日溜りで毛糸編みこの女何織り成すか
◇前田佐知子
はりさけそうなふとい魬を昼の刺身にしよう
パンパンにはったお乳に吸いつく生後四十日
母となったみづみづしさを命の絆
まだ見えて見えないような明るさを追ってゆく
私には聞えない雉(きじ)が鳴いているという朝
◇谷田越子
こころ置いて帰る花びらは川面に暮れる
春の玉葱さくさくナイーブな白い形
聞こえない素振りの話したくなく雨音
駈け寄って少女のような頬に触れる
回れ右して決心できずさらに回れ右
◇三好利幸
骸負い何故廃墟に高笑い
ここにこうして零れくるもの
抗する少年と臆するは母と
少年伸び上がり校庭影なし
横切る夜の蟻の腹藍色に
◇斎藤和子
ひと筋の雲妹逝ってからの心空洞
涙流れて止まらないこの涙の意味
一気に涙流してしっかり暮らせと
とうとう一人になった私は九十歳
顔見て行くと言ってお骨で帰ってくる
◇天野博之
歯触りが季節教える夕餉の皿
君のメールさり気なく薔薇の香りが
少年のこころがにじむ机の落書き
それでもと隙間に生えて春の陽浴びる
眼鏡光らせ真実への坂道自転車をこぐ
◇幾代良枝
空に掛けた花房の潜れば皆優しく
居心地の悪い春にせめて一時を輝く
長い念佛に本堂の古時計も唱い出す
幾つもの試練を空から母が見ている
春寒く明り落としたホームに月も降りる
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