◇広瀬千里
両手にしかと今日を頂いてほかになにか
桜舞い全細胞が踊り出す
一匙足して決めてみる台所の妙味
春風の後押しなんだ坂こんな坂
やれぬのかやらないのかと春一番
◇藤田踏青
人生梱包中ガムテープから吐息もれ
6Bでなぞってみる我が黒点
目くるめく女の性(さが)や猫じゃらし
思想調書に書き込まれた微分積分
言い訳は梅の実を干したあとで
◇山崎文榮
雨のあとやわらかに桜草延びている
雲は夕やけ桜ちらほら咲きそめる
夕焼け車窓から咲きそめた花を眺め
風は岸の柳に春を感じたという程な
頑固なねぎ坊主の個性を夕日の木の芽
◇中村真理
風邪癒しか刺身食いたい、と父
鬼兵は理想の上司春火燵
三分咲きの桜のそれが幸わせというものかしら
さくらさくら今も未来の過去になる
折り鶴の首折り損ないし余寒かな
◇三好利幸
舗道崩壊深夜の示威行進
ハンダゴテ炎青くしじまに沈む
歩道に一筋麦の穂はファルセット
風に咆哮紙細工の街路貫く
地に大き杭打ち濡れる肌
◇山本弘美
古(いにしえ)の美少年くちびる噛む横顔(奈良にて五句)
涼しい視線感じふりむけば春色
誰も歩かず小雨に錯覚する路地裏
傘がない肩は濡れても燠火ふかく
もう帰れない手招きされて何処まで
◇斎藤和子
ともかく薬飲んでそれだけの安らぎ
感動薄らぎ胸に今年の桜咲くか
さくら吹雪の一本の橋渡りきる
卆寿来て何やら淋しい雀鳴く
◇阿川花子
遠く何故其処に疎林になると人ひとり
赤い箱に赤い手袋のミステリアスに少し関心
このエピソード語る人無しに冬を抜ける
あの日散り急いだ花ビラ今日命日開花せず
島根半島のっしのっし跨ぐ魔の送電塔
◇天野博之
ひと夜の風で急に伸び出した白い爪
居眠りの薄皮はがさず毛布かける
いちにちをスキャンし眠りにつくか
後頭部を射抜くさようならの眼差し
宅急便で届いた女の心臓がぴくりと
◇後谷五十鈴
モノクロームなさくら清かに遅い月
思い煩う春は雲の影水面に映す
重い扉開き廻り道した春の陽射し
雪に倒れバラは春の構図探しあぐねる
冴々と古い映画の顛末を蹴散らした風
◇前田佐知子
逝かれた人々を思い出す淡い満月
いくたび雪に埋もれて甘いチンゲンサイ
心の宝石きっとある冬の星座
待ってた春一番だ心をゆさぶってゆく
◇谷田越子
春を漕ぐ花の海の一本のオールとなる
綿毛見知らぬ風を追い辿り着くその先
柔らかい陽射しを小鳥の足音が聴こえる
色づく想いは桜色の視線にときめく
小さな羽根を散らせて白い闇の灯り
【招待席】
◇佐瀬広隆
枯れ草へ日ざし冬はがれてゆく
退任の式おえ外の春の雨
花はほろ酔い早咲きのさくら
山を吹き鳴らす風の道ひとり
鳥なく光りへ朝の散歩
◇高木架京
海の記憶をたどる貝殻がはさんでいく栞
有孔虫が懇々と鳴いている月夜の海
水になる日が近づいてどんどん消える
大切なひとポテトサラダは春色に仕上げて
剥きかけの卵をつるりとすべる春
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